大阪市立大学の歴史
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156Ⅶ 21世紀を迎えて奮闘する大阪市立大学園児は学内を散歩するが、その光景は教職員の心を和ませてくれる。 運営費交付金の減額、大阪市財政緊縮を受けた人件費の圧縮による常勤教員の退職不補充等という困難な時にあっても、大阪市立大学は毎年2000人近くの優秀な卒業生を輩出するなど、変わることなく社会に貢献してきた。3.大阪市立大学の枠組みの成立現在の戦略性ある枠組みはどのようにつくられたのか 後半の「枠組みの成立期」についてである。2011(平成23)年11月大阪府知 事、大阪市長のダブル選挙という大阪市政の交代のあとに、大阪市(大阪府市)との、本学の将来像に関するやり取りから大阪市立大学は現在の枠組みをつくってきた。 まずは、2011年11月大阪府市ダブル選挙1週間前に、「第二期中期計画に示す『新・市立大学』像」を提示して、第二期中期計画に沿って、大阪市立大学のスタンスを示した。 大阪市立大学の使命として、日本を取り巻く国内外の社会情勢を踏まえて広く社会が求める人材、将来の大阪市や関西の社会をリードし、地域で活躍する人材の育成、「大阪市」を核とした「関西圏」を視野に入れ、都市の施策や地域の活性化への貢献を挙げていた。その際、大阪市立大学の有する、「密に連携した総合力の高いコンパクトユニバーシティ」、「学生の顔が見える」少人数教育、都市を学問創造の場とすること、という特徴を活かして、効果的に果たしていくと記した。 具体的に、第二期中期計画で示した重点3戦略、①大阪市のシンクタンク、理系と文系の垣根を越えた「都市科学」分野の教育・研究、②専門性の高い社会人の育成、③国際力の強化、を推進するとした。そのためには、第1に、安定的運営基盤のもとで、戦略に沿った一体的な大学運営と「見える化」が重要であるとした。一体的な大学運営とは学長のリーダーシップやガバナンス、学長を補佐する組織の強化を指し、「見える化」とは大学情報の集中とステークホルダーに応じた的確な発信、大学広報室を中心とした戦略的広報(ホームページの充実、定期的な記者懇談会の開催)である。第2に、その上でグローバル

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