大阪市立大学の歴史
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2はじめにあった。 では、戦前にさかのぼることのできる大阪市立大学の源流はどこにあるのだろうか?――現在の8学部11研究科のうちの4学部2研究科(商・経・法・文学部および都市経営研究科(創造都市研究科〔募集停止〕を改組))につながっていく流れの源流は、明治の初め・140年前までさかのぼって見ることができる。また、現在の2学部(理学部・工学部)―すなわち、戦後成立時の理工学部につながる流れは、110年ほど前にその源流を求めることが出来、現在の生活科学部―すなわち戦後成立時の家政学部は100年前まで歴史をさかのぼることができる。そして、医学部も、戦時中からの75年以上の歴史を持っている。 本書前半のⅠ〜Ⅲ章では、約65年間にわたる、戦前における市大の4つの源流について扱う。これらの源流は、後半の第Ⅳ〜Ⅶ章で見ていく、戦後における新制大学としての大阪市立大学が経過した歳月とほぼ同じ時間をかけて、その教育体制と内容を整え、戦後に流れ出している。 140年前の大阪商業講習所を創設した五代友厚らの思いから、歴代の校長の思いと改革実践の積み重ね、商科大学昇格への働きかけと、当時の市長だった関せき一はじめや、大阪商科大学初代学長河田嗣郎の思い、教職員たちの実践、その中で学びに集った学生・生徒・同窓生たち、大学を取り巻く市や市民、すべての思いと経験が積み重なって、戦後の新制大学である大阪市立大学があり、その初代学長恒藤恭や以後の学長、教職員・学生・同窓生・市・市民など大学を取り巻くすべての人々の思いや実践・経験・伝統も連なって今がある。 そう考えると、現在の「大阪市大らしさ」を考えるヒントが、この140年間の営みの中にあるのではないだろうか。140年の歴史をひもときながら、読み手それぞれが「本学らしさ」や「本学での教育が目指すもの」「本学における研究のあり方」などについて、考えるきっかけとなれば幸いである。

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