SPECIAL INTERVIEW

学長 & 学生

Open TALKING

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学長は一体どんな人だろう?
大阪市立大学は対話を大切にしています。
森川妙さん(文学部仏文学教室4回生)が学長にインタビューしました。

前列左から3人目が児玉隆夫学長、同4人目が森川妙さんです。

豊かな知的環境のなかで、新しい自分の発見を

森川 :
学長は大阪市大の卒業生で理学部のご出身と伺っていますが、どんな研究をされていたのか専門の分野についてお聞かせ下さい。
学長 :
低温物性の研究です。温度には高い方の限りはないのですが、低い方には絶対0度という限りがあります。これは摂氏で言うと零下273℃くらいです。南極では零下80℃まで下がるそうですが、研究室では絶対0度から測って1万分の1度位まで下げられます。
森川 :
そんなに低い温度でどんな事が起こるのですか?
学長 :
アドバルーンなどに入れるヘリウムは、絶対0度に近い低温で液体になって、流れの抵抗がゼロになります。これを超流動と言います。
森川 :
摩擦が無くなるのですか?何故そのような研究をしようと思われたのですか?
学長 :
超流動によく似た現象で、温度を下げると電気抵抗が真にゼロになる物質があることが90年前に知られていました。これを超伝導と言いますが、よく似た現象の超流動は非常に低い温度で起きる。流れの抵抗が完全にゼロになる事を不思議に思ったからです。

森川 :
物理学に興味を持たれたのはいつ頃ですか?
学長 :
小学生の頃、地球や他の惑星が太陽の回りを公転している絵を見て、地球に何かが当たると果てしない彼方に飛んで行くのではないかと心配していました。高校の物理で、引力と遠心力とがつりあっていることを勉強して、「そーかっ!」と安心も感心もした。それで自然には摂理というか、規則性がある事に興味を持った。自然はよくみれば説明できるし、理解できるのだと…。
森川 :
はぁー…小学生の時に地球を宇宙から観ていたのですね。私は本の虫でしたが、地球が自転するとか聞いても‘何やそれ’と思っていました。
学長 :
僕は本をあまり読まなかったから、1人で心配していたんですよ。(笑)

森川 :
児玉学長は小さい頃から科学っ子だったようですね。物理学を目指して大阪市大に入学された訳ですが、大学に入学するまでのことを話してください。
学長 :
親父が機械屋だったので、自分も旋盤工になろうと思ってました。旋盤は機械を作る機械です。だから中学校を卒業して、職業訓練所に1年通って免許をもらった。
森川 :
すごいですね。でも学長の頃は高校に進学するのが普通だったのでしょう?
学長 :
その頃は学問の世界は全く頭になくて、大阪大学工学部の研究室 技術職員として就職したのです。
森川 :
へぇー。そこで実験装置を作ったのですか。それから…?
学長 :
その時16歳。大人の世界に1人ポツンと居たので、同じ世代の人と話したくなって定時制高校に4年通った。初めはあまり勉強しなかったけど、やはり大学に行こうと方針を変えて、1年浪人して、大阪市大に入った。
森川 :
大学に入るまでに5年間働いたのだから、最初から社会人入学だったのですね。大阪市大に入られてからどうでしたか?
学長 :
僕らの時代は自分で実験装置を作ったので、やめたつもりの機械屋から離れられなかった訳ですが、技術を身につけていたことが非常に役に立った。自分にしか作れない装置で他人がやらない新しい実験が出来たのですから…。

森川 :
フランス文学とは大分違う世界のようですね。学長は学生時代からずっと大阪市大ですが、どんな大学だと思われますか?
学長 :
自由な伝統をもった大学だと思います。そして教員と学生とが同じ目線で対等に話せる大学です。学生さん自身が、自分がやりたい事や興味をもっていることが先ず大事ですが、このような良い環境の中で、もっと積極的に先生に質問したり意見を交わして、新しい自分を発見して欲しいと思っています。
森川 :
対話が大事だと言うことですね。私もフランスに留学してそのように感じました。今の私の時に学長は1回生だったんですよね。私もこれから頑張らねばと思います。今日はお忙しいところを有難うございました。

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